在宅介護技術研修会報告(その2)

相談業務;話の聞き方・話し方

塩釜カウンセリングルーム

吉田 耕治

 カウンセリングは万能と言われる方も居られるし、効果が無いと言われる方も居られる。評価はさまざまであるが、人と出会う時や人の話を聞く時、この考え方を知っていると役に立つことも多い。介護支援専門員の一つの技術として知っておいても良いものと考えます。

 カウンセリングは道具は使いません。何も無い所で行うため、何も起こらないこともある奥の深いものです。通常、カウンセリングは1時間で行っていますが、その前に何時間も相手の事を考えています。1時間1万円で行っていますが、実際の時給はもっと少ないのが現実です。公的な相談所は、もっと安い料金でやっているため、5〜6回は通ってくれますが、民間の所は来られた最初で勝負が決まるような所があります。カウンセリングルームは道場の他流試合のようなもので、道場主が強いと、より強い方が現れるようで、いつも困らせられる方がやってきます。

 相談業務では、受容と共感が大切と言われますが、受容というのは非常に難しい。受容という言葉は解っているようで解らない言葉です。昭和20年代までは、心理療法というと、連想や夢の分析ということしかありませんでした。これは分析しても心がバラバラになるだけで上手く行かないこともありました。昭和30年代に入って、ロジャースの心理療法、非指示的療法というのが導入されました。困っている方に、あまりああせいこうせいと指示するな、相手の言うことをあるがままに聞けという考えです。児童相談所ができ始めた頃は、これと知能検査くらいしか道具はありませんでした。

 事例は、「学位論文を書いた後、両親を殺して、家に火をつけ、自分も死にたい。」という相談です。「火をつけますか。それくらい親が憎いのですね。」というのが受容・共感ということになる。しかし、そのまま受け入れたのでは、カウンセラーの中に嘘がある。逆に、「でも」と切り返したら、受容はしていないことになる。こういう聞き方をするカウンセラーが実際にはまだ多いのです。見かけ上は関わっているのが、実際は関与していない、ただ聞いているだけの状態と言える。本当には受け留めていないのです。 本来のカウンセリングでは、そうしては欲しくないという気持ちを持ちながら、ああそうですかと言う、カウンセラーの中に心の不一致ということが起こるものです。相手も自分の存在を賭けてくる。いいかげんに聞いていては、きちっと向き合わなければ、相手は死んでしまう。こちらも自分の存在を賭けて相談に応じなければならない。道場の竹刀での試合というより、真剣の勝負と考えたほうが良いのです。一面で自我関与していなければ、一生懸命聞いて欲しいという相手の気持ちに応えられないし、信頼関係も築けず、3〜4回のカウンセリングで中断してしまうことにもなります。

 自分の何らかの気持ちが湧いてきて苦しくなったら、それは一生懸命聞いているということになるのです。この聞くと苦しいということをセンサーに自分を道具とするのがカウンセリングという仕事なのです。問題はどのくらいで苦しくなるかということです。沢山聞ける人も居れば、そうでない人も居る。その程度が「剣士」としての段、カウンセラーの力の程度となります。楽に聞けるのは、心の不一致が無いのか、力が有るのかということになります。これは相手の表情を見ていれば判ります。自分の話が受け留められているかどうか相手が判断しています。

 話を聞いているという姿勢を伝えたい時は、「ハ行の原則」というのを提唱しています。特に「フヘホ」を上手く使うことです。ただし「ヘ」は必ず下げて使うように。上げて使ったら、肯定ではなく疑問型になってしまいます。あと、最初にも述べましたように、「でも」という言葉は禁句です。苦しくなると言いそうになりますが、決して使わないことです。

 何故苦しくなるかと言えば、こちらの価値観とぶつかっているからです。しかし全てを聞きなさいというのではありません。聞いていただきたいのは相手の内的現実なのです。それは外的事実とは異なることも多いのです。話を聞く時は、両方を知っていなければなりません。聞き分けられることが大切です。「あなたはこう思っておられるのですね。」という聞き方をする。「それが私には解りました。」というところに留めるのです。決して自分の味方ができたと思われてはいけません。例えば、相談者と争っている相手が悪いという話も、悪くないという話もしてはいけません。それと、こちらの見方を押し付けないということも大切です。内的現実を内的現実として受け入れると介入できる余地も出てくるものです。先入観から離れ、自由になって話を聞くということが求められています。